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甲子園の土を持ち帰るのはなぜ?最初に持ち帰ったのは誰?

甲子園の土を持ち帰るのはなぜ?最初に持ち帰ったのは誰?

2023.07.20

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夏の甲子園が8月6日(日)に開幕されます。

毎年、春と夏の甲子園では毎年高校球児たちの熱戦が繰り広げられます。
勝負事といえど、試合が終了して負けたチームの選手たちが泣きながらグラウンドの土を袋に集めて持ち帰る姿を見ているともらい泣きしてしまう人もいるかと思います。

今回はなぜ甲子園の土を持ち帰るのか・最初に持ち帰った人は誰なのか 調べてみました。

甲子園の土を持ち帰る理由

甲子園の土を持ち帰る理由はいくつかあるようですが一番の理由となっているのが「記念」のためです。
甲子園に出場できる学校は夏の甲子園で49校高校球児の憧れの場所に立つためには地方大会で勝ち抜かなければなりません。その狭き門を通った記念として持ち帰るのです。

他にも試合に出場できる人数やベンチに入れる人数は限られています。グラウンドへ立てなかった一緒に練習を頑張ってきた仲間の為に土を持ち帰ったり、自分たちは甲子園で優勝という夢を叶えられなかったのでその夢を後輩に託すため土を持ち帰り母校の練習場にばら撒いたり、春の甲子園に出場した高校球児たちは「夏の甲子園にも出場するぞ」夏の甲子園に出場した高校球児たちは「来年も甲子園に戻るぞ」という気持ちを込めて持ち帰り、母校の練習場にばら撒くそうです。

そして、最初に甲子園の土を持ち帰った人物は明確に判明しておらず、持ち帰る起源となった主に3つの説がありましたのでご紹介します。

●川上哲治さん
昭和12年(1937年)夏の甲子園の決勝戦で敗れた熊本工業高校の投手だった川上さんは負けた悔しさからユニフォームのポケットに土を入れて持ち帰り、母校の練習場に撒いたそうです。

●佐々木迪夫監督
昭和21年(1946年)夏の甲子園の準決勝で敗れた東京高等師範付属中(現:筑波大学附属中学校・高校)の佐々木迪夫(ささきみちお)監督が「来年また返しにくる」という意味で各ポジションの土を手ぬぐいに包んで選手たちに持ち帰らせたそうです。

●福島一雄さん
昭和24年(1949年)夏の甲子園の優勝候補として出場した小倉北高校(現:小倉高校)は準々決勝で敗れました。

その時投手だった福島一雄さんは、無意識の行動でホームベースの土をズボンの後ろポケットに入れてしまい、そのまま持ち帰ったそうです。
本人はポケットに土を入れたことを忘れていたそうなのですが、ホームベースでの出来事で大会関係者も目にしていたのでしょう。

後日大会運営委員から「学校では学べないものがポケットの土に全て詰まっている」と励ましの手紙が届きそこではじめて土の存在に気付いたそうです。
そして福島さんは甲子園の土を植木鉢に入れて大切にしたそうです。

土を持ち帰る理由は様々で記念だけではなくみんなそれぞれの再挑戦する気持ちの表れや、思い出に残る形、後輩に想いを繋いだりと素敵な理由ばかりですね。

 

 

 

経理部 : 櫻庭


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